箱根駅伝で毎年話題になるのは選手だけでなく、監督も話題になりますよね。

そんな中でも東洋大学の監督「酒井俊幸」こと酒井監督は、とにかくルックスの良さの「イケメン」具合でも有名な監督です。

酒井俊幸監督は東洋大学の学生と思えるほど若いですし、イケメンでかっこいいですよね。テレビにチラッと出たり、インタビューを受ける姿は本当に惚れ惚れします。

そんな酒井俊幸監督なのですが、東洋大学の陸上部の選手に対してドSで厳しいのではと思われているらしく、それが箱根駅伝名物となっている「檄(げき)」なんです。

ですが実は酒井監督は厳しいながらも、じつはとても優しい部分も多い監督なんです。

一体どんなドSっぷりか気になりますよね。

酒井俊幸監督には他にもすでに結婚をしていて、お嫁さんもいます。

ここではイケメンドS厳しい東洋大学の監督「酒井俊幸さん」についてや、ドS檄名言集、気になるお嫁さんや出版されている本などについてご紹介していきます。

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酒井俊幸監督のプロフィール

名前:酒井俊幸(さかいとしゆき)

生年月日:1976年5月23日

出身地:福島県石川郡石川町出身

職業:東洋大学陸上部駅伝監督

東洋大学には箱根駅伝の山を登ったレジェンド柏原選手はじめ、わりと福島出身の人が多いですが、もともと酒井監督の出身地でもあったみたいですね。

酒井俊幸の大学や社会人時代の実績と東洋大学の監督になるまでの経歴

東洋大学の酒井監督こと酒井俊幸さんは学校法人石川高等学校出身で、東洋大学出身で箱根駅伝にも出場をしています。

箱根駅伝は過去に1996年~1998年まで3回走り、区間2桁の数字を残していたそうですよ。

酒井俊幸さんの駅伝実績はこちら

・第72回大会(1996年)1年生:3区で区間11位

・第73回大会(1997年)2年生:7区で区間12位

・第74回大会(1998年)3年生:1区で区間13位

・第75回大会(1999年)4年生:怪我による故障明けで出場できず

東洋大学の4年生の頃はキャプテンを務めていたですよ。

当時の東洋大学の監督の佐藤尚さん曰く、当時はプレシャーに弱い選手だったそうです。

監督ということもあり過去にはキャプテンを務めて、当時からイケメンの選手だったしょうね。

その後、1999年に東洋大を卒業。コニカ(現、コニカミノルタ)に入社してから、2001~2003年で活躍をします。

ちなみに酒井俊幸さんがコニカミノルタ時代のニューイヤー駅伝では、酒井俊幸さんの鼻血で疾走が当時は話題になりました。

2005年にコニカミノルタを退社し、その後ご自身の母校となる「学校法人石川高等学校」の教員として陸上部顧問となります。

この間に酒井監督は福島県でも無名の柏原竜二さんが、いわき総合高等学校の県大会の走りを見たことで東洋大学への入学を推し進めたそうですよ。

2008年12月に東洋大学の陸上部員が痴漢行為の不祥事で逮捕されたことにより、当時の監督だった川嶋伸次監督が責任を取って辞めてしまい監督の座が空白になってしまったそうです。

その後川嶋監督に後任を抜擢されて、2009年32歳という若さで第86回の箱根駅伝の監督に就任しました。

酒井監督は東洋大学の箱根駅伝は3回優勝に導びいています。

32歳で母校の東洋大学の監督なんて凄いですよね。

酒井俊幸は監督の中でもイケメンで有名

様々な駅伝監督がいる中、酒井監督は生徒を駅伝に導く指導だけでなく「ルックスの良さ」でも有名なんです。

ベテラン監督や叔父様監督がいる中、酒井監督は40代超えてこんなイケメンなんです。

2014年の酒井監督のイケメンのお姿がこちら↓

[arve url=”https://youtu.be/1EZr6T5u7hk” /]

2019年の箱根駅伝のインタビュー動画はこちら

年齢に関してもイケメン具合は変わりませんし、監督就任の当時なんて学生と変わらないですよね。

さてそんな酒井俊幸監督は東洋大学の指導が厳しいかどうか気になるところですよね。

酒井俊幸監督の東洋大学陸上部の指導は厳しいのか

酒井俊幸監督は東洋大学の生徒からはあまり「厳しい」という声はあまり出ていないみたいです。

東洋大学卒業生で東京マラソンでも優勝し活躍した設楽悠太さんなどは、憧れているそうですよ。

優勝校や箱根駅伝の常連校としては、練習は厳しいと思います。

しかし酒井監督の練習は厳しかもしれませんが、とても思いやりがある方でもあります。

東洋大学の陸上部の選手が頑張った時、褒めるときは全員の前で褒めるそうです。

そして注意するときは、個人的に対話するように話すそうですよ。

酒井俊幸監督は箱根駅伝の優勝メンバイー以外の1年生や、伸び悩んでいる生徒に対して2、3言葉多く声をかけることを心がけているそうです。

そして箱根駅伝に出場の際は「最後までメンバーは固定しない」のだそうです。

他の箱根駅伝の選手は、わりかしメンバーは固定するようですが、その理由として「チャンスは平等」と言っているそうです。

さすが元教師といいますか、頑張り次第ではレギュラーメンバーでなくても箱根駅伝の東洋大学の選手にもなれるということですし、競争して切磋琢磨する環境づくりをしているのかもしれませんね。

その他にも生徒のことの思いやりとして、寮生活には栄養指導を入れて栄養面を管理させたりしているそうです。

酒井監督は東洋大学の生徒だけでなく、周りの人への配慮も心がけているみたいです。

それは東洋大学の選手に箱根駅伝など大会では「サングラスをかけないようにしている」指示しているそうです。

天気がよくて晴れているときはサングラスをかける選手が多いですが、酒井監督はそれをダメとしているそうです。

晴れているのにサングラスをかけたらダメなんて厳しい!と思いきや、酒井監督曰く箱根駅伝という晴れの舞台に自慢の息子を両親に見せてわかりやすいようにするからなのだそうです。

そのためサングラスをかけないように指示をしているそうです。

そして東洋大学の選手にはテレビにできるだけ映るようにも支持をしているそうです。

テレビで注目を浴びるためかと思いきや、東洋大学の選手が出ることで出身地や高校がでるようにするためなのだそうです。

選手がでれば、大概は出身県や出身高校がでますよね。

出身県などがでることで同郷の人に応援してもらえ、そして支えてくれた人への恩返しになるからなのだそうです。

酒井俊幸監督は厳しいどころか、愛のある監督でした。

ただし酒井俊幸監督が厳しいと言われたのは指導方法ではなく、酒井俊幸監督が東洋大学に伝える檄(げき)がドSで厳しいと言われているんです。

酒井俊幸監督の激がドSと毎年話題になっている

そもそも檄(げき)とは、箱根駅伝のランナーの後ろにぴったり車をつけて、監督がランナーに声かけることをいいます。

他の大学の監督ならば、「いいよ~頑張れ」とか、「調子がいいよ、もう少しだ」とか優しい言葉の檄をかけることが多いです。

しかし酒井俊幸監督は他の大学と違い、東洋大学の選手には厳しい檄をかけるのがとても毎年話題になっています。

その檄がとても「ドS」ということで、次に酒井俊幸監督のドS檄集をご紹介します。

イケメンにドSぷっりが話題なんてたまりませんよね。

酒井俊幸監督の厳しいドS檄集

東洋大学の箱根駅伝に出場すると、酒井俊幸監督のドS檄名言がたまらないという女性もでてくるほど。

酒井監督のドSで厳しい劇はこちら

「ここで負けたら1年悔しいぞ」

「オラ、ラストだ」

「お前は、世界と戦うんだろ!一秒を削り出せ!」

「もっといけるもっといけるぞ」

何ともまあ、厳しくドSっぷりが発揮が発揮されていますよね。

また檄ではないですが、2012年の箱根駅伝で区間賞を取った選手に「いい走りをした」と言ったそうです。

しかし「あくまで駅伝。先頭に立たないことには、責任を果たしたことになりません」と厳しいドSっぷりを発揮しているみたいです。

最新酒井監督東洋大学選手への厳しいドS名言集

最新の酒井俊幸監督の厳しいドS名言はこちら

「この先は世界だ」

「勇馬と同じ区間賞を取れ」

「勇馬と同じ区間賞をとれ!」

「弾馬、今日西山に負けたらお前は一年間ずっと悔しいぞ!」

「最後3分切れよ」

「速いと思うなよ」

とても速い選手に対しても「走るのが速いと思うなよ」と言ってしまうほど厳しく、そしてドSっぷりにはしびれる女性人や、檄CDの発売してほしいともいわれるほど。

イケメンだから許される言葉かもしれませんが、厳しくドSをかけた後は

「はーいお疲れ!勇馬お疲れさん!!」(SNS上でわかった檄)

とまるでアメとムチのような言葉をかけています。

また箱根駅伝の中継車の人に「もっと前に出るよう」に指示をして、東洋大学の選手がスピードアップさせるためにプレッシャーをかけるそうです。

厳しい、厳しすぎてドSっぷりで、ちなみにSNSではご飯5杯いけるほどなのだそうですよ(笑)

厳しくも優しくもイケメンな監督、こんな監督で指導されたら男女とわず好きになっちゃいますね。

酒井監督は鉄紺騎士団の姫と呼ばれている

そんな冷静でクールでイケメンでドSな酒井監督、じつは可愛い系の見た目から、「鉄紺騎士団と冷徹な姫」といわれているそうです。

どうやら東洋大学の陸上部の長距離メンバーのことを鉄紺騎士団といい、冷静でクールで可愛らしい見た目から「姫」と評価されているみたいです。

確かに可愛いお顔をして、あまり笑わないから・・・でしょうが、40代の男性に姫というのはイケメンだからゆるされるのでしょうね。

人として美しい、美人すぎてつらいレベルともいわれている酒井冷徹の姫監督です。

酒井監督には双子の妹がいる

じつは酒井監督、双子の妹さんがいらっしゃるみたいですよ。

高校までは同じ陸上部に所属していたそうです。

どうりで東洋大学には設楽双子など双子が多いのは、本人も双子関連だったからなのかもしれません。

ちなみに妹さんの詳細については、一般人なので見つかりませんでした。

そんな酒井監督はすでに結婚していて、お嫁さんもいらっしゃるんですよ。

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酒井俊幸監督のお嫁さんについて

酒井監督には優しそうなお嫁さんがいらっしゃいます。

酒井俊幸監督のお嫁さんの名前は「酒井瑞穂(旧姓:佐藤瑞穂さん)」というそうです。

お嫁さんのお写真がこちら


引用:https://sakaitosiyuki.blog.so-net.ne.jp/2014-01-04-4

酒井監督のお嫁さんは日本女子体育大学時代には日本インカレに出場していて、競歩の選手だったそうです。

学生時代は5000mで3年生と4年生に連続入賞したそうです。

酒井監督のお嫁さんも1976年生まれなので、酒井俊幸監督とは同じ年齢です。

ちなみに結婚については、学生時代からのお付き合いで早く結婚したらしいです。

写真で見る通り2人の男の子がいて、今は埼玉県川越市の東洋大学の合宿所の寮母さんをしていて、選手の食事やサポートをしていているそうです。

東洋大学の合宿所に酒井夫は住んでいるそうで、徹底的なサポートをしている風に見えますよね。

お嫁さんといえば、青山学院大学の原監督のお嫁さんも陸上部の寮母をしていますよね。

酒井監督のお嫁さんのエピソードとしては、卒業生の柏原竜二さん曰く「卒業をしても(酒井監督のお嫁さん)に電話をしている、みんなのお母さん的存在」と回答しています。

画像で見るからにふんわりしていて優しそうなお嫁さんですよね。

[arve url=”https://youtu.be/Rv9MiFVmPzY” /]

好きなものはお嫁さんの手料理で、特に煮物が好きなのだそうです。

東洋大学の強さは、このお母さん的なお嫁んさんにも支えられているのかもしれませんね。

酒井俊幸監督が出している本はこちら

酒井俊之監督、あまりテレビ出演されませんが、じつは本を出版しています。

その本の題名が『その1秒をけずりだせ―駅伝・東洋大スピリッツ』という本です。

2014年12月にベースボールマガジン社 という出版社から発売され、題名が相変わらずドS的で厳しい「檄」が入っている題名となっています。

内容としては、東洋大学を監督就任以来3度目の優勝に導いた酒井監督の「勝負哲学書」になっているそうですよ。

箱根駅伝の内容のみならず、組織の作り方や人材を育成する人にも読める本になっているみたいです。

酒井俊幸監督は若い世代の学生を箱根駅伝という場所で、なおかつ若い年齢監督就任で優勝へと導いた人が書いた内容の本なので、部下を持つ上司や将来的な社会人にも参考になる本になっているみたいですね。

東洋大学の酒井俊幸監督は厳しいとかドSとか色々言われていますが、元教師ともありながら心優しく時に厳しい良い指導者なんでしょうね。

東洋大学の現役選手や、卒業選手が尊敬して慕っている理由もわかる気がしますね。

それになんといっても、イケメンでかっこいいですよね。

酒井監督のドS檄クラスタがいるほど、箱根駅伝の別の意味での楽しみ方もあるので興味がある方は楽しんでみてはいかがでしょうか。

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